3月 2012
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キャッチボールに励む少年を見て思う、企業の目標設定。
企業の目標設定は、事業戦略からKPI策定、目標数値へと順に落としていくという手順に異を唱える人は多くない。だけど、実際に現場で行われていることは結構「昨年これくらいだったから、今年はこれくらいいけるはず。後は頑張れ」で決まっていることが多い気がする。何かこの現象に、名前をつけてみたいなと思った。
たとえば才能ある野球少年は、毎年自分の球が速くなっていくのが楽しいだろう。小学生で80km/h出せたから、中学卒業までには100km超などと目標を立てるのは、きっと正しい。企業も成長期にあっては、それでもいいのかもしれない。
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1月 2012
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An entrepreneur who is truly on fire and excited about their company will view...
– Lind Ventures | MBA or Learn to code?
10月 2011
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データ救出作戦
えー。BuffaloのNASが壊れまして。中には(弟夫婦の)思い出のデータが。3日がかりで救出できたんですが、メモがてら流れを。
まず、メーカーに問い合わせたら「修理は出来るけど、データは全部消える」との回答。話にならん。なんのためのRAID?むしろ修理できなくていいから、データだけ欲しいのに。
で、次はデータ復元会社に見積依頼。お金に変えられない思い出につけこんでボッたくるって話は聞いてたけど…出てきた見積は25万円。ふざけんな。
壊れた箇所はファンor電源周りで、HDDそのものは無事だってなんとなく分かってたから、自前でレスキュー開始。基本方針として、(1)ファンを換装する (2)ディスク外してデータだけ吸い上げる の2択で少し悩む。手っ取り早いのは(1)だけど、直らない可能性も。もうHW的には捨てるつもりなので(2)で行くことに。
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7月 2011
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「トライ・アンド・エラー」ではなく「トライアル・アンド・エラー」
昨日、久しぶりに思い出しました。以前、何度も言われた言葉。
「”Try and Error” という言葉は原則的には存在しない。実際は “Trial and Error” なんだ。Trialとは、つまりは試み。単なるTryと違って、Trialでは失敗することにも意味がなくちゃいけない。」
もう10年以上前になりますが、かつての上司から何度か聞かされたことです。
計画を練りすぎて計画倒れたり、マーケティングに慎重になりすぎて臆病になったり、「動けない病」になるのは最悪。そこからの反動で「トライ・アンド・エラーで行こう!」という発想が出るのは健全だと思うのですが、反動であるが故に今度は計画を杜撰にしすぎる場合が(当時の自分は、それでした)。
「当たって砕けろ」じゃ、ダメ。「試行錯誤」じゃないと。
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逆境指数
今日は、映画から学ぶリーダーシップなるセミナーに。
お題となった映画は3本。オーシャンズ・イレブン、ショーシャンクの空に、インビクタス。後ろの2本は観たことあって、ショーシャンクは一番好きな映画のひとつ。
正直興味があったのは、個人的にイマイチだったインビクタスを、どう取り上げるのかということ。基本的にネルソン・マンデラの寛容の精神についてはよく描かれていたものの、フランソワ・ピナールがどうリーダーシップを発揮してチームをまとめたかについては、ほとんど描かれていない映画でした。そこに対して、どう寓意を抽出するのかと楽しみにしていたのですが… ま、そこはいいとして。
紹介された「逆境指数」なる考え方が、面白かったなと。
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6月 2011
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時間の現在価値
今日、「ホームで待つのがイヤだから自転車で移動するし、エレベータ待つのがイヤだから階段昇ることが多い」って話をした。
「せっかちなんですね。」
そうだと思う。
「じゃ、今日イラっとしました?」
実は待ち合わせがちょっとだけ上手くいかない部分があった。誰が悪いというワケではなく、そもそも待ち合わせ場所も明確に決めずに集まったので自業自得なんだけど。
「そんなことないよ。」
実際、そんなことない。なんでだろう?考えたこと無かったけど、ちょっと沈思してみる。
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5月 2011
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石巻追想(14) カレーは作りません
炊き出し班のリーダーから、一言。
毎日工夫してメニューを決めているのだと思いますが、どうしても避難所の食事は「カレー」が増えてしまうのだそうです。そうした声を聞いて、少なくとも自分たちはもうカレーは出さないと決めた、と。
なんだかちょっとしたことなのですが、大事なことだなって思いました。
震災から少し経って、被災地の人も「わがまま」になってきている…なんて話も聞きます。中には本当に、そういう人もいるでしょう。しかし、食事とか安眠とか、生理の根っこにあるものへのストレスって、本当にキツいと思います。ちょっとした気付きとか気遣いで、それが低減できるんだなと感じさせられました。
なお、「じゃ、何が食べたい?」と尋ねたところ、多かった回答が「ヤキソバ」だったそうです。それも、ソース味の濃いやつ。若い人ではなくお年寄りからも挙がった要望だったので、驚いたと言っていました。
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石巻追想(13) 集いし人々
キャンプ地には100人前後の人がいました。GW中には限界まで受け入れて200人近い人がいたようですが、平日になると一気に下がりました。それでも100人弱くらいは滞在していました。
何人かの方と「どこから来たの?」と話をしました。やはり東京が最も多かったものの、西の方から来ている人もかなり居たので驚きました。長野、京都、大阪、広島、愛媛など、本当にあちこちから集まっていたようです。
自分が被災者、あるいは実家が被災しているという人もいました。逆に被災地から東京の間に住んでいる人は、全く見かけませんでした。その辺の方達は、自分の住んでいる地域で活動しているのだろうと思います。
外国から来てくれている人も、何人かいました。中でも最も驚いたのは、ノルウェーから独りで来ていた女性です。
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Twitterは報道媒体なのか →
最近twitterでのデマに関しての論議考察がなされてるけど、皆さんもっと原則に立ち戻って「twitterは情報重視メディアではなく個人の単なる、そしてしかもたった140文字の呟きに過ぎない」って原則論に立ち戻った方が良い。私はtwitterは個人の思考傾向と共感のため有ると思う
なるほど。これは結構重要な提言だなって思う。
日本ではTwitterがようやく流行りだした頃に盛んに言われた「既存の報道媒体よりも圧倒的に速い!そして誰でも報道が出来る!だからTwitterは素晴らしい!」という論調に影響されてる部分が大きいのかも。
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石巻追想(12) おばあちゃんの涙
なんだか、やることを選り分けているような偉そうな話をしてしまいましたが、もちろん基本は、頑張っている人たちの助けに、少しでもなること。
前日にちょっと大変なことがあった後、Yさんは「以前から気になっていた」という路地へ行くことを提案していました。
そこはトラックがギリギリ1台通れる狭い袋小路で、先が少し広い空き地になっています。そこへ周辺3~4件分のゴミが積み上げられており、威圧感と強烈な悪臭を放っていました。
彼はその日、2台のトラックと3班分の人員を効率よく動かして、おそらく4tトラック8杯分くらい(もっとだったかも)になったゴミを1日で片付けてしまいました。
自分はこの日が最終日だったのですが、それまでに見た中でも最も効率よく、みんなが心をひとつにして動いている、うまくいった現場だったように思います。
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石巻追想(11) やること・やらないこと
被災地ボランティアは、業者ではありません。依頼者は「お客さん」では無いのです。
きわめて当たり前のことなのですが、自分のような慣れない人間は、つい忘れてサービス精神が出てしまったりします。
一度、農家の方からの依頼で出かけたことがありました。田んぼを再開したいのに、大量のゴミが入り込んでしまい、どうしようもないというものです。午前中に一気に片付けてしまおうと、40人ほど動員して出かけたのですが…
現実に出向いてみると、確かにゴミは散乱していますが細かなものばかりで、数日時間をかければ誰でも拾える量です。とりあえず全員で作業しましたが、小一時間で終了しました。
当初の依頼では通りを挟んだ他の田も頼まれていたようです。リーダーと、依頼主(若い女性)の会話が聞こえてきます。
「あちらの様子も目で確認させてもらって判断したのですが、向こうは作業しません。」
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石巻追想(10) 母の日
書いたように、毎日の作業後に全体でミーティングがあります。
難しい状況の共有や、効率的な作業方法など、様々なことが話し合われます。
そんな中、ある夜に、こう言ってくれる人がいました。
『みなさん、今日は母の日です。ここでこうしていることは、もう大人の皆さんの決断だと思いますが、お母さんは心配されていると思います。こんな時だからこそ、感謝の言葉と無事を知らせるメールなり、電話なり、しましょうね。』
実は自分の母親は今日(5月14日)が誕生日でして、例年、母の日と近いので一緒にしてしまっています。考えてみれば「おめでとう」ばかりで「ありがとう」と言った記憶が無いなと。それどころか大人になってからは、むしろ照れくさくて、ケーキなどを黙って渡すだけになっていました。
その夜、母親にメールを。文面はまぁ、別に書きませんがサラッとシンプルに。
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石巻追想(9) 写真
この一連の記事を見た人から、オフラインでも様子を訊かれるシーンが増えてきました。
そこで大抵言われるのが「写真見せて」。予め言っておきますが、自分は写真は1枚しか撮ってません。
元々、最初にも書いたように誰かに話すつもりは無かったことですし。本職のカメラマンならとにかく、ボランティアに来ている人間が崩壊した街を写して歩く姿に、個人的にはちょっと抵抗が。
もちろん「伝えなきゃ」という使命感で撮影している人を非難するつもりは無いですが、とにかく自分からは何も出ませんので、悪しからず。
ちなみに、唯一撮った写真は、こちら。
キャンプ地に雨と風が吹き荒れ、テント崩壊寸前で眠るのも怖かった夜が明けると、見たことも無いほど大きな虹が見えたので、思わず。
しかし地元の人は、綺麗な虹が出るのは地震の予兆…なんて話もあるようで。幸いこの日は何事も無く、穏やかな一日でした。
石巻追想(8) 苛立ち
ボランティアというと、地元の人も大感謝してくれて、身体は辛くても精神的には気持ちよくなれるもの…と期待して来る人が、特に学生さんなどには多いようです。
もちろん「ありがとう」「ご苦労様です」と笑顔を向けてくれる人が圧倒的に多いですが、そうではない人たちも大勢います。
自分などは、参加させてもらった団体が地道に信頼関係を築いてくれていたおかげで、そうした苦労をあまり目にしていないと思いますが、彼らも来た当初は「物見遊山の冷やかしじゃないのか」「火事場泥棒でもするつもりだろ」「結局、来ただけの自己満足で何も出来ずに帰るだけ」というような反応を、よく受けたと聞きます。
今回、長い被災生活の不安やストレスから、苛立った住民の方が激怒するシーンを見ることになってしまいました。
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石巻追想(7) 財産を分かち合う相手を
『夫婦で、財産は半分半分にしておくんだったな。』
作業へ向かう前のちょっとした時間に立ち話をした、地元のおじさん。目の前で奥さんが流されてしまったそうです。
未だ扱いは「行方不明者」ですが、状況的に現実は受け入れているとのこと。
奥さんは10歳も下で、元気な人だったそうです。一方でおじさんは糖尿に不整脈もあって『絶対、自分の方が先に死ねると思ってた。』ものの、独り残されてしまったと淡々と話してくれました。
問題なのは、預金口座など財産を奥さん名義にしていたことで。本人でなければ、配偶者であっても10万円までしかおろせない(ちょっとこの辺、はっきりはお話を聞いていても分かりませんでしたが)んだとか。
仕事も失い、貯えも引き出せない。あれほど集まった義捐金も、未だ1円も配られない。少しずつ周辺のお店なども再開しはじめると配給なども打ち切られるけれど、食料を買うお金も無い。
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石巻追想(6) 助け合い
とあるお宅の前に山積みになった、ゴミの撤去を頼まれました。ゴミの山の奥には、まっぷたつに折れた電信柱。これを立て直さないと電気も電話も通じないものの、作業車が入れず修理できないとのこと。
4tトラック3台分のゴミを撤去して、ようやく電柱へのルートを確保。あとは業者さんにお任せ。
作業途中、家主のおっちゃんが差し入れをくれました。2歳のお孫さんの手を引いた優しそうな笑顔ですが、若い頃は長距離トラックを運転していたという逞しさの見えるゴツゴツとしたガテン系のじーちゃんです。
『悪いね、本当は、避難所にいれば、こんなことお願いしないでいいんだけども。』
そう言って頭をかきながら、小さな子供を連れていると避難所生活は難しいのだということを話してくれました。やはり深夜や早朝にグズったりすると、他の被災者から責められたりするのだとか。
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石巻追想(5) 思ひ出
ゴミの山を片付けていると、色々なものが出てきます。家具や家電、洋服、食器などはモチロン、中にはトロフィや盾、写真アルバム、ビデオテープ、自筆の詩集なんかも出てきます。いずれもきっと思い出があって、捨てるのは辛かっただろうと思うような品も。
ミーティングで、帯同している写真家の方が「泥水を被った写真も、今の技術なら結構な確率で復元できるから、その旨を住民の方に伝えてあげて欲しい」と言われました。
確かに、特にお年寄りは「もうダメだろう」という判断で捨ててしまう方も多いでしょうし、そもそも仕分けできずにゴミの山に紛れてしまっている場合もあるはず。以降はなるべく見つけたら横へ除けておくようにしていました。
ある日。同じ班だった女の子が、おばあちゃんにアルバムを見せてその旨を伝えたところ。話しながら泣き出してしまい、『やっぱり処分して下さい』と返されたとか。
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石巻追想(4) タタミ
瓦礫やヘドロ、大小ゴミ撤去も大変な作業でしたが、筋力的に一番キツかったのは、文句無く「タタミ撤去」の日でした。
都心では減ってきている和室ですが、一戸建てが並ぶ渡波では当然ながら畳の部屋が多くあったのだと思います。それが水没して使い物にならなくなり、戸外に積み重ねてあります。雨露に晒されて腐ればキノコも生えるし、臭いもする。これを優先的に撤去する班もありました。
街を歩いて畳をみつけては、4トントラックにひたすら積み込む作業。概ね、1台で100枚強を載せることができます。6人1班で、1日に大体トラック5~6往復していました。
これから梅雨の季節になり、雨に濡れると畳は重く、腐りやすくなっていきます。フニャフニャになった畳は持ちにくく、トラックにも積みにくい。自分が行った当初は、これが最優先のミッションでした。
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石巻追想(3) 1日の流れ
団体によって担当する地域が決まっているようで、自分が行ったのは渡波(わたのは)地区という海沿いの町でした。
しかし宿泊は、そこから車で1時間以上離れた内陸部に、各自で持参してきたテントを張って行っています。これは恐らく、余震とそれによる再びの津波被害を避ける意味や、物資や人員が比較的アクセスしやすい生きている鉄道路線付近を選んだのだと想像しますが、実際はよくわかりません。
ともあれ、まだまだ冷え込みも激しく、強風や雨にも晒されながら、朝5時頃にテントで目覚めるところから1日が始まります。
6時から朝食。大釜で炊かれたご飯に味噌汁と、お惣菜が少し。当然豪華なものはありませんが、ボランティアの「生活班」が更に早く起きて用意してくれた温かい食事は、とても贅沢なものに感じます。
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石巻追想(2) 自衛隊員さん
ボランティア参加者に、現役自衛隊員の方がいました。もちろん任務ではなく、休暇を利用しての参加で。
彼は、自衛隊員として派遣されるグループに入れなかったそうで。
隊の内部でアンケートのようなものがとられ、そこで被災地へ「(1)行きたくない (2)行きたい (3)熱望する」と選んで提出するそうです。彼は「熱望する」に丸をつけたものの、選から漏れたとのこと。
自分が参加させてもらったNPO団体では、長期に活動している人がリーダーシップをとっています。長い人は1ヶ月にわたって滞在しており、被災地の状況をよくわかっていますが、瓦礫撤去などの現場作業について専門性があるわけではありません。ですが彼は自衛官だからと出しゃばるようなことも無く、作業指示に従って黙々と働いていました。もちろん求められたり気がつくことがあれば控えめにアドバイスもする、とても気持ちの良い人でした。
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石巻追想(1) 助ける
石巻へ行ってきました。
GWを外して、仲間内の集団にも入らず、NPO団体に独りで申し込んで、正味1週間ほど。ほぼ誰にも言わずに、コッソリと。なぜナイショにしていたのか、うまく説明できませんが。
被災地で、色々な話を聞きました。色々な人に会いました。
『あんなに辛いことは、なかった。』
そう話してくれたオジさん。それは、目の前で人を助けられなかったこと。
『津波が来た時は車に乗っていて、そのまま流されたんさ。途中で家の中にツッコンで、ようやく窓から抜け出せたから助かったけんど。その流されてる間な、すぐ横を人が溺れているのを、何も出来ずに見てるだけでね。あんなに、ツラいことはねぇな。』
人は、人を助けたいものなんだなって、改めて思います。
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